外声部を強調?

 ソプラノ部分やバス部分のような外声部に
明らかなメロディがあるとき、
それらが強調されて奏されることが多いのは
ごく自然なことだと思われます。
 
一方、アルペジオやスケールなどたくさんの音が
細かく羅列している中に、メロディの断片(単音)が
散りばめられている時、その単音がことさら強調される
のには個人的にやや違和感を持っています。
 
 
例1)2つの動画=ベートーヴェン
   ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」より 第1楽章 中盤
 
 
アルベルティ・バス(=ドソミソ等の繰り返し=アルペジオの一種)の
1番下と1番上を強調する演奏例(P:ブレンデル  10:19~10:42)↓
 
 
 
↓アルベルティ・バス(ドソミソ等の繰り返し)の
1番上と1番下を強調せず自然に弾く例(P:アシュケナージ  10:28~10:51)↓
 
 
 
 
 
例2)2つの動画=モーツァルト
   ピアノ協奏曲第20番 イ短調 K.466 より 第1楽章 序盤
 
↓16分音符4つずつのくくりの最初の音に メロディが単音で散りばめられ、
 それが強調された演奏(P:グルダ 2:53~3:16)↓
 
 
 
 
↓16分音符4つずつのくくりの最初の音が強調されることなく
 真珠の玉が次々と転がっていくような自然な演奏
(P:アルゲリッチ♀  2:55~3:20)↓
 
 
追記1:師(グルダ)弟(アルゲリッチ)関係です。
 
追記2:グルダは指揮とピアノ両方を担当(弾き振り)
    従って ピアノを弾いている間は指揮ができません
 
    4つずつのくくりの最初の音をことさらに強調したのは
    オケにタクトを振るような <拍>を伝えて
    自分に引き込む狙いもあったと思われます。
 
    アバドが指揮した盤では グルダはピアノに専念でき
    上記の動画ほどには強調していません。